みその基礎知識

みそとは

  • 大豆もしくは大豆および米、麦等の穀類を蒸煮したものに、米、麦等の穀類を蒸煮して麹菌を培養したものを 加えたもの、または大豆を蒸煮し麹菌を培養したものもしくはこれに米、麦等の穀類を蒸煮したものを加えたものに 食塩を混合し、これを発酵させ、および熟成させた半固体状のものをいう。

    昭和49年7月8日 農林省告示第607号

    みそは、使用する原料の種類、割合や処理条件、発酵、熟成条件によって、多種多様な種類が有ります。
    2013年ユネスコの無形文化遺産に登録された「和食」に欠かせない、伝統的な日本の調味料であるみそは、私たちの健康で豊かな毎日の食生活を支えています。この大きな使命を果たすため、弊社の味噌造りは、より多くのお客さまに喜んで頂けるよう日々伝統を受け継ぎながら、革新を追求しています。

みその種類と原料


  • みそ
    定義 大豆を蒸煮し、米を蒸煮して麹菌を培養したものに、食塩を混合させ、これを発酵・熟成させた半固体状のもの。
    原料 大豆、米、塩、麹菌

    みそ
    定義 大豆を蒸煮し、大麦またははだか麦を蒸煮して麹菌を培養したものに、食塩を混合させ、これを発酵・熟成させた半固体状のもの。
    原料 大豆、大麦(またははだか麦)、塩、麹菌

    みそ
    定義 大豆をを蒸煮して麹菌を培養したものに、食塩を混合させ、これを発酵・熟成させた半固体状のもの。
    原料 大豆、塩、麹菌
    調合
    みそ
    定義 上記の味噌を混合したもの、または上記の糀を混合したもの等上記のみそ以外のみそをいう
    原料 大豆、米、麦、塩、乳酸菌、他使用原料

みその分類と産地

  • 原料による分類 味や色による分類 産地 備考
    米みそ 甘みそ 近畿各府県と
    岡山、広島、山口、香川
    ・使用する糀や味、色調で大別すると左記の分け方になりますが、各地方ではそれぞれ強い特徴を出しています。

    ・たとえば、糀に使った米粒がみえる糀みそというものもあります。
    東京
    甘口みそ 淡色 静岡、九州地方
    徳島、その他
    辛口みそ 淡色 関東甲信越、北陸
    その他全国的に分布
    関東甲信越、東北、北海道、
    その他ほぼ全国各地
    麦みそ 甘口みそ 九州、四国、中国地方
    辛口みそ 九州、四国、中国、関東地方
    豆みそ 中京地方(愛知、三重、岐阜)

みその製法

糀について

  • 糀とは、米(又は麦又は大豆)に、麹菌(アスペルギルス菌属)が繁殖したものです。米糀は植菌後、通常48時間で糀となります。菌はオリーゼ菌(Aspergillus oryzae)が多いですが、ソーヤ菌(Aspergillus sojoe)、タマリ菌(Aspergillus tamarii)などもあります。

    麹菌は、古来から日本の醸造や様々な食品に用いられ、豊かな食文化に貢献してきたとして、2006年日本醸造学会で国の菌(国菌)に認定されています。弊社では、この日本を代表する微生物を用い、長年培った経験と技術を継承し日々会話をしながら丁寧な糀造りに邁進して行きます。

糀の歴史

  • 360-500年頃

    応神天皇時代(369-404)に、中国から酢の作り方が伝承され、米酢は米糀から作られていました。

  • 715年頃

    奈良時代初期(715年前後)に作成された播磨国風土記に、「神社にそなえた米にカビがはえ、それで酒を醸した」とあります。 縄文時代晩期から弥生時代にかけて口で噛んで作られた「口噛み酒」が、糀カビを応用した酒造りに変わった記録で、 日本の発酵技術の黎明です。

    当時の古文書には、米飯にカビがはえたものを、「加無太刀」「加牟多知」(かむたち)といい、 「口噛み酒」の噛むの語源を残しながら、「カビ立ち」の意味をもたせ、「カムタチ」→「カムチ」→「カウチ」→「コウジ」となったのは、 糀の歴史を語る変化です。

    口噛み酒とは

    長野県富士見町の井戸尻遺跡に縄文中期に作られた飲酒器らしい土器が発掘されています。 古代における酒造りは、米などの穀類を口で噛んで容器にため、酒を造っていました。この容器内では、唾液の消化酵素が穀物を分解し糖をつくり、これに空気中の酵母が落下しアルコール発酵を行い酒となりました。 これを「口噛み酒」といいます。

  • 延喜式 (編纂905-927) 平安時代の 政治規範

    御酒(ごしゅ)、御井酒(ごいしゅ)、醴酒(あまざけ)、擣糟酒(すりかすざけ)等々、多種の酒が造られていた記述があり、本格的に酒が造られていました。酢を一石作る原料として、米糀を四斗一升使用するという米酢の製法も日本で最初に記述されており、 糀が盛んに食品原料として利用されていたことがわかります。

  • 平安時代

    種麹が出現しました。 当時は、友麹、友種とよばれ作った麹の一部を残して、次に使っていました。

みその起源

醤は味噌の起源

  • BC1100-BC256

    中国周の時代 甲骨文字に、珍用八物、醤用百二十甕(八種類の料理を作るには、120甕の醤が必要)とあり、すでに醤というものがありました。醤とは、動物の肉と麹、塩を酒にひたし100日作りあげた肉醤。麹を使った調味料が存在していました。

  • BC551-BC479

    孔子の論語「郷党第十」に、不得其醤不食(適当な味付け汁がないと食べない)と記述されており、醤が最古の調味料であることが文書として残っております。この時代はまだ、獣、鳥、魚を原料とした、肉醤、魚醤でありました。

  • BC200-BC100

    前漢時代、穀醤が中国湖南省より出土し,後漢時代の「論衡」に豆醤の記述があり、このころには大豆を原料とした醤が製造されていました。これがまさに味噌、醤油の原点と考えられます。

  • 386-634年

    北魏の斎民要術(世界最古の農業技術書)に、大豆と糀を混ぜてつくる醤・鼓をつくる方法が書かれております。

日本において

  • 360-500年

    360年ごろには米酢が米糀から作られ、500年ごろには醤油の原点となる「比之保(ヒシオ)」が作られていました。比之保(ヒシオ)とは、903年に作られた日本最古の辞書(和名抄)にある「醤」の和名です。雑穀から糀をつくり塩でつけこんだ「穀ヒシオ」、魚介類を原料に「魚ヒシオ」、野鳥肉、鹿肉を原料に「肉ヒシオ」を作り上げていましたが、中国においての「魚醤」、「肉醤」と共通する点から、斎民要術と時代が一致するのも偶然ではないと思います。

    引用;小泉武雄著「発酵」15版 中公新書2015

醤から未醤へ

  • 701年

    大宝律令に醤院(ひしおつかさ・天皇の食事をつくるところ)で、醤、鼓、未醤、酢、酒、塩などを調味料として使用していた記録があり、「醤」が日本で存在している日本最古の記録です。この「未醤」がみその語源といわれています。

  • 730年

    正倉院大日本古文書にある尾張国正税帳に、税金として醤、未醤が徴収されていた記録があります。このころには日本の民間人が、醤、未醤を作っていたという事実です。

未醤から味噌へ

  • 901年

    日本三代実録(天皇三代にわたる歴史書)に、初めて味噌という文字がでてきます。701年の「末醤」が、ついに「味噌」になったという記録です。

  • 905-927年

    平安時代の政治規範である延喜式(編纂905-927)には、未醤、未曾、味醤、醤、醤滓、滓醤、鼓、鹿醤、鹿未醤が、月給として支払われていた記録があります。

武士のたんぱく源、 塩源

戦国時代

武田信玄(山梨県、長野県):信州みそ

  • 武田軍が上杉謙信との戦いのため、その道中に味噌の増産を奨励、信州にみそ造りが広がる結果となりました。
    茹でた大豆をすりつぶし、麹と混ぜてまるめ、藁(わら)に包んで戦場に持参した(陣立てみそ)は有名です。味噌漬けした茎(いも茎、芋がら、ずいき)を乾燥し、腰紐(芋がら縄)として持参したことが知られており、陣傘でお湯につけ味噌汁を作ったのでしょう。
    信州味噌発展の原点であり、即席味噌原点でもあります。

伊達政宗(宮城県):仙台味噌

  • 城下に塩味蔵という日本で初めての味噌工場をつくりました。

徳川家康(愛知県):八丁味噌

  • 麦飯と味噌汁(五菜三根のみそ汁)を好んで食べており、長生きの秘訣であったかもしれません。

前田利家(石川県):加賀、能登みそ

  • 利家の居城、金沢城では、戦時に備え貯蔵品として味噌を作らせました。 味噌蔵町という地名もできるくらい盛んだったようです。